往年の名機

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1990年代初頭に買ったMITSUBISHI製の“HV-S11N”。
アルミダイキャストのボディは優雅なデザインでずっしり重く、最近のプラスチックばかりの機種とは比べものになりません。
その長年連れ添った愛機、しばらくコンセントを抜いていたのが祟ったのか、テープを受け付けなくなってしまいました。orz
ゆっくりビデオを見る暇もないし、今さらVHSでもあるまいと思いつつ、何とか直す手立てがないかなぁ〜。


“群馬泉”、元気です!!

こちらで先に紹介済みですが、先日の鯉川さんをお迎えする少し前のこと。“群馬泉”を醸す島岡酒造(群馬県)のお蔵元がお越しくださいました。
shoda_gift.jpgお見舞いに伺って以来ですから5ヶ月ぶりにお目にかかりましたが、すごくお元気。
改築中のお蔵のことはもちろん、お酒のことに話が及ぶと、お互いにもう止まりません。調子に乗ってこの酒の開栓放置1年半以上のものまでお見せしてしまいました。(苦笑)
いただいた“正田醤油”。館林のつつじを見にいったときに前を通ったような…。
さすがまっとうな酒の醸し手、ちゃんと丸大豆醤油を選ばれますね。
最近、長岡市内から足繁く通ってくださる或るお客様、昨日はとうとう腰を落ち着けての燗ききを…。
“竹鶴 雄町純米 H14BY”の酸っぱさがうまみに変わる燗の魔法には驚かれたようですが、ちょっとハードルが高かったみたい。
でも、しっかり“群馬泉 超特撰純米酒”を選んでくださいましたよ。
嵌ってくれたかしら♪ 🙂


越後平野の非常弁

ここ数日の雨で、暑中お見舞いどころか豪雨お見舞いになってしまいましたね。
被災された方々を思うと心が痛みます。
越後平野はこの大河津分水のおかげで大洪水を免れているのですが、魚沼地方や今回のように長野県(千曲川流域)に大雨が降ると、さすがにタダではすまされません。
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撮影場所は少し違いますけど、普段はこんな画が下の写真(2006/07/19撮影)のようになります。
河川敷を越えて堤防を濁流が洗い、可動堰から少し下ったR116大河津橋あたりでは川幅はいつもの3倍にも。
今まででもっともひどかったときは、堤防から手が届きそうなところまで水位が上がりましたから、それを思えば今回はまだ軽微なほう。
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築後75年を経過し、老朽化が目立つ可動堰は改築されることになっており、本年度からはいよいよ本体工事の一部が着工されましたが、その現場も敢えなく水没。もっとも、雨の多い7〜9月は予め工事は休止されていたのですが、縄文〜古墳時代のものと目される土器片・遺構が確認された大河津橋両脇の“五千石遺跡”発掘調査現場や新水路の掘削・護岸工事現場は、ただの溜め池と化してしまいました。
bunsuiro060719_1.jpg堤防改修が進み、今では最も低い部分となってしまったJR越後線“信濃川分水橋梁”。
今でこそ、こうして電車が走りますが、おやぢが利用していた頃はディーゼルカーでした。(^^;
さらに増水すれば、この橋桁にまで流れが当たります。そうなれば強風時同様、当然、運休。
ここで空からの写真(8番)を見ることができますが、この先もこういう想定どおりにならないことを…。
■新可動堰…平面図イメージパース


悲喜交々 -喜乃報-

まったく裏腹の2本の電話が…。
【2本目】
umishi_mura.jpg

「えらいお祝いをいただいて…」「えっ、もう着いたんですか!?」「えぇ、たった今」
久しぶりに聞く“海のもののふ”の、あの張りのある徳島弁が、人生の伴侶とめぐり逢えた幸せからか、いつも以上に弾んでいる。
先日のお江戸でのお披露目に使われた“神亀(ひこ孫?)の樽酒”が絶妙な飲み頃で、とてつもなく旨かったと。「あの○○さんが初めてだと眼を丸くしたほど」だったそうな。

uehara_2.jpg「その大吟醸なんて、ええんですかぁ!?」「ウチで寝ていた99.4詰のだから、奥さんに上手に燗をつけてもらって」「そうしますぅ、あっちのほうが詳しいですからぁ」
そう、何を隠そう、新婦は元某繁盛居酒屋の初代燗番娘。店に行くたびに我が儘云っては困らせたおやぢ。しかも昨年、ご母堂とともにわざわざ変人を訪ねてくださったことだし…。
そのお二人が結ばれるとあっては、とても他人事とは思えず、「何かお祝いを…」と遅ればせながらお祝いにお酒を贈らせていただいたのだ。
しかし、“海のもののふ”の魚と元“燗番娘”の酒。この二つが揃ったら、家飲みだけではもったいな〜い。鳴門に名店誕生も夢ではないですぞ!?
どうぞ末長くお幸せに。
強さと温かさを併せ持つ人柄そのままの声のおかげで、殺伐として仕事を義務的にこなすだけでいたおやぢに生気が戻ってきた。
酒の縁・人の縁、合縁奇縁のありがたさをまた噛みしめた日でありました。


悲喜交々 -非乃報-

まったく裏腹の2本の電話が…。
【1本目】
「上原先生のこと知ってます?」「いいえ、何かあったんですか?」胸騒ぎが…。
「昨夜、亡くなられました」愕然。
uehara_1.jpg初めてお目にかかったのは3年前の1月12日。場所は鳥取空港。鳥取の蔵巡りをするという某居酒屋の主と元燗番娘K嬢に同道を願ったら、山形からの帰りに立ち寄られたという先生がご一緒。
「儂も行くでな」とありがたいお言葉。
昼食を摂った店で「あんたにやるわい」と出版されてまもなくの“純米酒を極める”にサインを入れてくださった。
その後、“日置桜”山根酒造場で解説を交えながらの醸造指導。煮酒さんこと、がんこ酒屋の店長氏、生?の酒母と悪戦苦闘していた加藤現久保本家酒造杜氏との出会いもここだった。
その夜、煮酒さんがセッティングしてくださった移転前の“進”さんで、燗酒をおいしそうに召しあがりながら話してくださったことの数々。
翌日は“鷹勇”大谷酒造にもご一緒させていただき、坂本杜氏とご対面。仕込み室で枯らしてあった“蒸し”をご覧になり、「ちぃと柔いなぁ」と“波返し”を指示されたことも思い出の一コマ。
歳は喰っているもののまだまだ駆け出しの身ゆえ、お目にかかる機会は少なかったけど、いつもやさしく声をかけてくださった。その先生が逝かれた。2006年5月1日20:00。
まだ80歳。寂寥が胸を満たす。
が、先生が蒔かれた種は全国で実を結び、おやぢのような変人もそのおこぼれに与っています。これからも遺志を受け継いだ造り手・飲み手・売り手の語りの中で、また残された著書を通して生き続けていくことと思います。
今宵はお通夜。参じることは叶いませんが、上原組のお酒で先生を偲びます。
長い間ありがとうございました。どうぞ安らかにお眠りください。合掌。

■上原先生の横顔■

  • 蔵元交流会の“プロフィール”
  • 鳥取県酒造組合連合会の“コラム”
  • 上乃宮会の“上原語録”

  • 酒の顔

    new_label.jpgラベルは『酒の顔』といっても差し支えないと思うけど、煮酒さんが書かれたように筆文字のラベルもあれば、こんなラベルもある。
    明治の醸造開始以来使われてきた伝統の髭文字をかなぐり捨て、100年ぶりに一新されたラベルが、そろそろ店頭に並ぶ頃。
    アートディレクター、浅葉克己氏の手になるデザインは、宇宙や恵みの水、酒蔵を表現したもので、明るいブルーのラインは里山の白い雲間に見える青空をイメージしているとのこと。
    ここの親娘二人展の作品がベースかしらん。
    えっ!? 蓼食う虫も好き好き?
    デザインって、そういうものでしょ? 🙂


    カテゴリー再編

    大したことじゃありませんが、従来、独立したカテゴリーだった「日々な酒」を「燗酒な日々」のサブカテゴリーとしました。
    個別のお酒についての印象を書き連ねていただけですから、遅きに失したかもしれません。
    取りあえずお知らせってことで。
    douko.jpg
    *某蔵元所蔵の銅壺‥良い風情でしょ?