コシヒカリ

究極の酒の肴は、おむすびだと思っている。それも素朴な塩か味噌だけが良い。
炊きたてのご飯は米の品種に関わらず皆それなりにおいしいのだが、冷えてからとなると、コシヒカリが他を圧倒するのではなかろうか。
冷やおむすびをほぐした米粒を箸でつまみながら…。これが様になる呑兵衛になりたいものだ。

さて、そのコシヒカリ。米処も「魚沼コシ」は平年並みの出来のようだが、平場米は相次ぐ台風による塩害で収量ばかりか、品質も低下。
知り合いの農家(彼のコシヒカリは昨年90%が一等米だった)に聞いたら、今年は30%しか一等米にならなかったとのこと。
つまり、まともな米の絶対量が不足するということだ。
供給量が確定しないから、今年は未だに米の価格が流動的。模様眺めが繰り返されている間は仕方がないだろうが、いずれにしろ高値安定は目に見えている。
消費地の方々、今年は覚悟が必要かも。

自然要因を差っ引いても、諸悪の根源は減反政策にあると、おやぢは考える。
一口で30%というけど、考えてみてほしい。ほぼ3年に1回は収入がゼロになるのだ。
サラリーマンが年収を3分の2にされて食っていけるのか?
この国の小役人どもは、お上気取りで自分にできないことを弱い立場の農家に押しつけているだけなのだが、減反に窮した農家はといえば、これまた余計な農薬・肥料を撒き散らし、質より量を追い求める始末。
その結果、平場だと、11俵以上、最高13俵もの反収を上げ、止せばいいのにそれを自慢気に吹聴するに至っては、もうどっちもどっちで麻痺しているとしか思えないのだが…。

米が余るなら、反収を下げる米作りを奨励すれば良い。収量は減っても品質の良い米を作れば、買い取り値が上がる。クズ米まがいの多収を図るより農薬や肥料も少なくて済むから、製造原価の引き下げにもなる。
減反で田圃を荒らすよりも100%耕作させることで農家にもやる気が出てくるだろう。安全・安心・旨い米を競って作らせる。その上で売れなければ、それは耕作者の自己責任。努力が足りなかったということだ。
農家のやる気を喚起し、十二分にその能力を発揮する場を与える。
無駄な公共事業に頼らずとも、地方経済が回復の緒に就くには、現場を重視した前向きな発想が不可欠なのだ。

これで困るのは、たぶん農協だろう。だが、農家も流通・消費者も、誰も困らない。
農協の役割をよくよく考えて欲しい。本来、一軒一軒では弱い農家を守ることにあったはず。
つまり、農家のための農協であるべきもの。それが近年では、農協という組織を存続させるためにあるかのようだ。
早い話が、農協のための農家。本末転倒とも思えることに誰しもが口をつぐんでいる。
酒業界もそうだが、戦後間もなくに産声を上げた組合と名の付く団体のほとんどは、今、その役割を終える時期を迎えている。
おためごかしに惑わされず、独立独歩の志を持つ農家だけに残って欲しいものだ。