山里

路面の繋ぎ目や路肩、そこかしこに地震の痕跡を、目にしたり、タイヤを通して突き上げる衝撃に感じながら、最も確実であろうルートを選び、松之山へ出かけてきた。

山の道は面白いもので、高さにより風景が一変する。
走りの紅葉が淡い色づきを見せる人里を越えたら、真っ盛りのススキが視野一杯に飛び込んできた。
山肌や道路、大雨や先日の地震でやられたとおぼしき爪痕が残る道をさらに上ると、紅葉は一層色濃くなり、早くも晩秋の訪れを感じさせる。
道沿いの棚田に被害がないことはうれしい限り。

松之山の某所から対岸を眺め、鮮やかな色を探す。真っ赤、真っ黄色、橙。これぞ紅葉という色合いが続く箇所があった。常緑樹の濃い緑が彩りを引き立てる。これだけの鮮やかさは久しぶりだ。

松之山のものではないが、失われようとしている棚田や稲架木などを追っている『野の風の道』というサイトを見つけたので、紹介しておこう。

低くたれ込めた雨雲の彼方で雷が繰り返し光る。18:00前だというのに日の落ちた山間は闇に包まれている。
濡れた落ち葉に覆われた舗装路のスリップに気をつけながら曲がりくねったR353を下る。
時折、民家はあるものの、灯に乏しく、生活の匂いはない。日の出とともに活き、日の入りとともに止む。店屋もない山の中で自然とともにある暮らしを続けるのは、たぶん、かなり高齢な人たちだろう。これからの雪の時期、無情とも思える豪雪地の環境さえ、彼等は「いつものことだて」と寡黙に過ごすのだろう。
『寂寥』という言葉が相応しい世界がそこにある。

さっと、車の前を横切るものがある。
振り向いた顔の中央で目が光る。タヌキだ。
その後も何度か遭ったが、不思議なことに民家にほど近い箇所ばかり。これも共生なのだろうか。

国指定の重要無形民俗文化財『綾子舞』で知られる鵜川や女谷まで下ると、やっと灯が増える。
寂れた店先の自動販売機の照明に、俗世間に戻ったことを感じたのだった。


酒器 -1-

# ?なタイトルだったので変えました。(11/03)

徳島からお江戸経由で届いたのは、山水図が描かれた磁器杯。
試した「メダカ」画と同型のものを探し出してもらったものの、思ったほど数がなかったのが残念だが、値段も手頃で手への収まりも良く、酒の味を素直に伝えてくれる。

杯は、ある意味厄介で、自分の口に合わないものだと、酒がまるっきり別物になってしまう。
料理との相性云々以前の問題になってしまうことを怖いとも思う。
飲食店でも杯を疎かにするような店は以ての外。多くを望めるものではない。
きき猪口も「本きき」とただの「蛇の目」では値段が3倍も違うが、道具には道具の必然があり、紛い物はしょせん紛い物であることを知っておくことだ。

だから、酒を選ぶなら、その酒に見合う杯も選ぶ。最低でも酒と同等か、それ以上。欲をいえば、その杯を育てるよろこびも味わえる方が良い。
ひとたび自分の口に合うものに出会すと、その口福は何物にも代え難くなるから、呑兵衛たる者、酒や肴にこだわるだけでなく、自分の口に合う杯をいくつか揃えたいものである。


ゴミは増やすな【続・さすが】

さすが【続々・地震】に付けてくれたken_takaさんのコメントを独立させた。

4時30分過ぎにかなりの余震があった今日、あらためて『天漢日乗』さんのblogに注目したい。
http://d.hatena.ne.jp/iori3/ の【earthquake】の項。
もしくは、http://d.hatena.ne.jp/iori3/searchdiary?word=%2a%5bearthquake%5d から直に。

入手が難しいとされる日本酒・焼酎のプレミア販売がまかり通るのは、そこに『買い手』がいるから。
ことの本質を理解せず、己の欲求を満たしさえすれば良いだけの輩がのさばればのさばるほど、文化や土壌の破壊が進む。これを防ぐ手立ては、買わないことに尽きるはず。

翻って、昨今のマスコミ。ひたすら耳目を集めることに盲進し、本分そっちのけの醜態は見苦しい限りだ。
媒体に関係なく、どれもこれも似たか寄ったかの内容。骨のある記者がいないから、お手軽なソースに群がり、借りてきた言葉で体裁を繕っただけ。報道ではなく、ただの興味本位から生み出された軽佻浮薄なゴミが、日夜を問わずたれ流されている。
ゴミが増えれば、ますます事実が見つけ難くなるというのに、今は、その瀬戸際さえ破られたように思えるのだ。

一人一人が事の本質なり、事実を正しく見極め、ゴミを許すな!!
「ノー(No)!!」と一人一人が声を出せ!!
そして、一人一人が真実を語れ!!