つれづれどぶ

すっかり明治時代の国語の時間と化していますが、呑むものは呑んでいるわけで…。
それもこれも質素ながら季節のものでつくられたアテのおかげなれど、最近は物忘れがひどいので「昨晩、何を食べたっけ?」とならぬよう、手控えを携帯に入れておくことにしておりまする。
それゆえ、ピンボケもご愛敬とお許しくだされ。X-)

鰈の煮付け。烏賊ゲソ・がんもどき・ドジョウインゲン・エリンギの煮物。
鰈煮物

わらびとピーマンの煮物。セリ・油揚げ・糸蒟蒻の煮物。
わらびセリ

山独活の煮物、大葉添え。玉葱・胡瓜・若芽・とろろの酢の物。
独活酢の物

春夏秋冬ポテトサラダ。(笑)
ポテトサラダ■生酛のどぶ 17BY仕込19号+13 瓶燗
先日持って帰ったばかりだというのに…
やっぱ、ヤバ過ぎですなぁ。
あっという間に一升が空いちゃいました。X-)

次は…+11?
はたまた…+12?
それとも…+9?

いつになったら18BYに辿り着くことやら…。


時間旅行 -4-

第4話は、鹿児島から日向灘・瀬戸内を経て神戸まで。これにて紀行編の打止め♪
※画像は、各ページごとに拡大画像を表示できます。

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第四 鹿児島より神戸まで
次の日、また、別の汽船に乗りて、鹿児島を出発し、
鹿児島湾より、外界へと乗り出ず。
さて、大隅の南岸を一周して、北へ向い、日向の沖を過ぎ、
四国と九州との間なる速吸海峡(*1)を経、豊後、豊前の海岸にそうて、
西北に航し、翌日、門司港に着く。この間のみちのり、凡そ三百海里なり。

門司より、汽船を換えて、東へ走り、四国の伊予に着き、
道後温泉、松山市等を見物す。

さて、再び、汽船を換えて、北へはせ、瀬戸内海を渡りて、
安芸の広島へ着く。広島は本州西部の大都会なり。

かくて、近傍なる呉軍港、厳島等を見物し、汽船を乗り換えて、東へ走り、
備後の尾道に碇泊す。ここにて、夥しく、土地の産物畳表を積みのす。

ここより、汽車にて、二十里余り東へ行けば、備前の岡山に着くを得べし。

汽船は、尾道より、又、東へ向う。この辺の海には、大小の島々多し。
波平らかに、水青く、

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帆かけ船の、島かげに見えかくれする景色面白し。

やがて、播磨灘に出ず。右手に見ゆるは、淡路島と阿波の山々となり。
この二国の間には、大鳴戸というおそろしきうず巻あり。
船は、やがて、淡路島と播磨との間なる狭き海に入る。
左の海岸には、明石、舞子、須磨など名所多し。

遂に、神戸の港に帰り着く。

この日本周遊の路程は、海陸合せて、凡そ一千二百里、日数およそ二十四日、
船、車の賃金、宿料及び諸雑費(いずれも中等)合せて、百二十円ばかりなり。


*1:速吸海峡…現“速吸の瀬戸”。豊予海峡ともいう。
  “古事記”の神武天皇東征や“日本書記”にも“速吸門”“速吸之門”と記載されており、
  昔から海の難所として恐れられてきた。