重陽の節供

別名、菊の節句。

以下、月桂冠【酒の博物誌】より


旧暦9月9日は、9というもっとも大きな奇数の陽の数字が重なることから「重陽の節句」といわれる。
この日、長生きの効果のあるという「菊の花の酒」を飲む宴をはり、長寿を願い、災難を払うおまじないを行う。
この日を境に、翌年の3月3日の「桃の節句」まで、日本酒はお燗にして楽しむのが正式。

酒を燗して飲む風習が始まったのは、相当古い時代からのことと思われる。記録として最も古いのは、万葉集の山上憶良(660−733)の「貧窮問答歌」の一節に「…すべもなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を取りつづしろひ糟湯酒(かすゆざけ) うちすすろいて…」と詠まれている。7世紀には、すでに「酒粕を湯でといて暖をとる」ことが行なわれていたことがわかる。

また、嵯峨天皇が825年10月、交野(かたの)に遊猟された折、「煖酒」がすすめられ、その美味を激賞されたと伝えられている。『延喜式』にも、朝廷の公的行事のたびに用意される酒の種類や量と共に「煖酒料炭一斛(と)」などと酒を燗するための炭の支給まで書かれており、9月9日の重陽の節句から3月3日の上巳(じょうし)の節句までの間、燗酒が一つのしきたりとなったことを示している。これは、当時の公卿(くげ)たちの間で愛唱された唐の詩人・白楽天の「林間に紅葉を焼きて酒を煖む」の詩句の影響もあったのではないかと思われ、酒を土熬鍋(どこうなべ)に入れ直接火にかける直燗(じきかん)だったようだ。

その後、江戸時代ともなると、燗酒の風習は、ちろりや徳利(とくり)あるいは猪口(ちょこ)などの普及と共に庶民の生活の中に定着していった。