時間旅行 -4-

第4話は、鹿児島から日向灘・瀬戸内を経て神戸まで。これにて紀行編の打止め♪
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第四 鹿児島より神戸まで
次の日、また、別の汽船に乗りて、鹿児島を出発し、
鹿児島湾より、外界へと乗り出ず。
さて、大隅の南岸を一周して、北へ向い、日向の沖を過ぎ、
四国と九州との間なる速吸海峡(*1)を経、豊後、豊前の海岸にそうて、
西北に航し、翌日、門司港に着く。この間のみちのり、凡そ三百海里なり。

門司より、汽船を換えて、東へ走り、四国の伊予に着き、
道後温泉、松山市等を見物す。

さて、再び、汽船を換えて、北へはせ、瀬戸内海を渡りて、
安芸の広島へ着く。広島は本州西部の大都会なり。

かくて、近傍なる呉軍港、厳島等を見物し、汽船を乗り換えて、東へ走り、
備後の尾道に碇泊す。ここにて、夥しく、土地の産物畳表を積みのす。

ここより、汽車にて、二十里余り東へ行けば、備前の岡山に着くを得べし。

汽船は、尾道より、又、東へ向う。この辺の海には、大小の島々多し。
波平らかに、水青く、

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帆かけ船の、島かげに見えかくれする景色面白し。

やがて、播磨灘に出ず。右手に見ゆるは、淡路島と阿波の山々となり。
この二国の間には、大鳴戸というおそろしきうず巻あり。
船は、やがて、淡路島と播磨との間なる狭き海に入る。
左の海岸には、明石、舞子、須磨など名所多し。

遂に、神戸の港に帰り着く。

この日本周遊の路程は、海陸合せて、凡そ一千二百里、日数およそ二十四日、
船、車の賃金、宿料及び諸雑費(いずれも中等)合せて、百二十円ばかりなり。


*1:速吸海峡…現“速吸の瀬戸”。豊予海峡ともいう。
  “古事記”の神武天皇東征や“日本書記”にも“速吸門”“速吸之門”と記載されており、
  昔から海の難所として恐れられてきた。