似非重陽の節供

平安時代、朝延のしきたりとして、重陽(ちょうよう)の節供(旧暦9月9日)から上巳(じょうし)の節供(旧暦3月3日)までの寒い間、暖をとる目的で酒を温めて、つまり燗酒を飲んだとされる。
このおかげで、燗をすることにより日本酒の風味がいっそう引き立つことが知られるようになり、その後、洗練されていった酒づくりと相まって、燗の風習は次第に定着したのだが、残念なことに、それは宮中においてのみのことであって、庶民までが燗酒を飲むようになったのは江戸時代も元禄になってから。
全国的に普及したのはさらに遅れて明治になってからのこと。
気の毒に、おいしい話になるといつの世も下々は蚊帳の外か。
過去はともかく、今は『まっとうな酒は燗でさらにうまくなる』こそ、その下々のもの。
『春夏秋冬、酒は燗酒』でいきまっしょい!! 🙂
今年は10月11日(火)が旧暦の9月9日に当たるため、本番はその日に。
それまでは、月桂冠大倉記念館の名誉館長を務める栗山一秀氏が書かれた『燗酒(かんざけ)』でも読んでおかれてはいかが。:-)


【栗山 一秀】くりやま かずひで

    1926年生まれ、京都府出身
    1950年、月桂冠(当時の社名は大倉酒造株式会社)入社。専務、副社長を歴任
    1998年から月桂冠大倉記念館名誉館長

この方が製造に関わっていた頃の月桂冠は、まともな酒もあったんだけど…。

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似非重陽の節供” に対して4件のコメントがあります。

  1. nizake より:

    このおっさんの講演を聴いたことがありますよ。
    内容は…覚えてない。ニャハハ

  2. Masamune より:

    市民大学の講師を務められたり、学究肌の方でした。

  3. 三平 より:

    はぁ〜、いまは名誉館長ですか。

  4. Masamune より:

    >三平さん
    みたいですねぇ。最近、縁が薄くて…。(^^;
    U先生よりお若いんですから、もったいないことです。

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