ワイン畑からようこそ

「え、ぶどう畑じゃないの?」と思われるかもしれないけれど、赤塚不二夫大先生のお言葉どおり…
これでいいのだ〜!(笑)

「今までワインだったけど、◯◯を飲んでみたら、日本酒もおいしんですね」という方が少しずつ増えているようです。
どんなワインを召しあがっていたのかは知りませんけれど、そういう方々は複雑な酸(有機酸)が織りなす味わいをご存じなだけに、残糖だらけの甘甘なアルコール入り砂糖水やカプロン酸エチル・酢酸イソアミルなど香水と見紛うばかりのプンケバ酒に狂喜乱舞している下手な日本酒ファンよりよほど「おいしい」「おもしろい」の許容範囲が広いのです。
加えて、それなりのものを飲もうとすると日本酒よりも遙かに高くついてしまう彼の酒に比べ、「一升瓶で4〜5千円なら安いですよ」と吟醸はもちろん、物によっては大吟醸クラスまで視野に入れて選んでくださるから、偏人酒屋にとっては二重にありがたい存在でいらっしゃいまする。(笑)

こうした方々のほとんどが女性というのは、やはり財布を握っている強みでしょうか。
なれど、日本酒といえばたっぷりアル添された薄酒や擬きパック酒、ビールはもちろんとてもビールとは呼べぬ発泡酒や雑酒・リキュールを宛がって、「やれ稼げ、それ稼げ」とムチを振るだけの鬼◯よりも、まっとうな日本酒のご相伴に与れるだけまだマシかと。(笑)

ただ、少々残念なことが無きにしも非ず。それは…

つい知識を仕入れたばかりに、原料米や麹・酒母に『自然』や『能書』を求めること。彼の畑でもいえると思うのだけれど、『自然』や『能書』を求めるのは何のためか?
農法や製法はひたすらワインをおいしくするためのものであって、『自然だからおいしい』のではなく、『自然を活かしたからおいしい』、そして『能書はあくまでも後付け』という当たり前のことをしっかり肝に銘じた上で『自然』や『能書』を賞賛して欲しいということ。『自然』や『能書』に拘った挙げ句にできあがったワインがボロだったら、それは本末転倒も甚だしく、最も避けなければいけない勘違いでしょう。

お客様からのいただきもの♪
日本酒には『柄が悪い』という言葉があります。やらなければならないことをきちんとやり、やらなくてもいいことに手間暇を割かなければ、自ずからまっとうな酒となり、決して柄が悪くなるはずもないのですけれど、ネタ探しに余念がないマスゴミの農法・製法礼讃に踊らされ、そうした柄の悪さまで誉めそやしている頭でっかちになって欲しくはありませぬ。
せっかく日本酒畑にお出でくださったのですから、どうぞ『柄の良い』まっとうな酒を思う存分楽しんでくだされ。

「え、どれがまっとうな酒なのか?」
ワインも日本酒も製法的にはほぼ完成され、残すは良質な原料の確保とそれを活かしきれる腕を持つ造り手だけといっても過言ではないでしょう。いたずらに理や利に走らず、きちんと本質を見極めている造り手なら、そうそうボロを生み出すことはありますまい。
それと、革新がすべてではないということ。古典的なスタイルであっても素晴らしいワインや日本酒を生み出している造り手はいます。
ですから、農法や製法は二の次、モノが見えている造り手を先ずは探してみてください。

「そんなことをいわれても一消費者が知り得る情報には限度があるですって?」
ごもっとも。(笑)
そのために、呑ませ手(飲食店)や売り手(酒屋)がいるのです。お近くにいなければ、もそっと行動半径を広げて♪
もしくは、『類は友を呼ぶ』の言葉どおり、いい呑み手とお知り合いになることが手っ取り早いかも♪ (笑)