今日は…

10月1日は「日本酒の日」ってことになっている。
酒造年度が毎年10月1日から翌年9月30日までだった時代なら、年度替わりの節目という意味合いもあっただろうが、現在では酒造業界のイベントのためにあるようなもの。

「丸米でもトン(1ton)7万円のタイ米を使って、あれはなんだ!!」と、泡盛の値段に憤慨している某蔵元がおられたが、安い外米も丸米のままだと飯米並みの税金を課されるからと、わざわざ砕いて輸入し、さらに原価を下げることに血眼になっているパック酒メーカーにも同じことがいえる。

酔っ払うためだけだったら、日本酒擬きなど不要。甲類焼酎に適量のブドウ糖とヤコマン少々。これで立派に鑑評会出品酒並みの酒ができるのだから。
香りプンプンのヤワ酒をありがたがっているアンちゃんたちや、算盤をはじくのがやたら上手い酒屋・飲み屋なら、「こんな、欠点のない酒、すごい!!」と、神のように崇め奉るかも。(笑)

「日本酒と清酒を分けろ」とは上原先生の持論だが、ガブ飲みしなくてもすむ酒を正しく評価し、支えていかないと、「米の酒」は、やがて過去の遺物となってしまうだろう。

とはいえ、アル添酒も呑みますよ、おやぢは。旨いのものは旨いんだ、アル添でも。:-p

酒温計

某交流会では石原温度計製作所製「おかんメーター」が主流のようだが、ウチで使っているのは某社製バイメタル式「酒温計」。
測定温度は0〜60℃(おかんメーターは40〜70℃)で、この範囲の広さと測定部分が金属製のため、ガラス製の温度計を金属板に取り付けただけのおかんメーターのように誤って割ってしまうことがないのが強み。
だが、「酒を煮ろ!!」と言われると、もう10℃、上限に余裕が欲しい。それに、70℃まで測れたら自家火入れも可能になる。(^^;;
ついでに、下限も10℃下げたら、マイナス貯蔵されている酒の温度も測定可能。

酒屋さんや蔵元さんに協力してもらって、オリジナル酒温計を開発するか。(-。-) ボソッ


後日、某社に問い合わせたら、製造は最低でも1ロット1,000個。予算的には100万円必要なことが判明。
物好き、おらんかのぉ。(´ヘ`;)ハァ

推定飛び切り燗

昨晩は清酒竹鶴 純米(八反錦・加工用米)を「あちち!!」という温度まで上げてみた。
通常この温度まで上げると、純米でもアルコール臭とそのアルコールが浮いたばらつきを感じるのだが、この酒、何と飲み頃の燗より味が濃くなる。(@_@)
まとまりの良さが旨みとなり、米由来の甘みさえ感じさせてしまうのだ。
こりゃ、マジに温度計をにらみながら、見合いの温度を探らねばなるまい。

しかも、この酒が、たかだか2,000円/1800mlだなんて‥
恐るべし、竹鶴。恐るべし、大魔神。

ますます薄酒が阿呆らしくなる今日この頃。

ままならぬ

せっかくの十五夜というのに、月は雲に隠れ、ぼんやりと霞んでいる。
明日はもっと悪くなりそうだし‥ ひょっとすると、また赤い月?
こんな夜は、月に背を向けて燗酒を愛でるに限る。

竹鶴の八反純米にするか、日置桜の青水緑山にするか。
強力にとってはつらい年となった模様。(;_;)

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先行ユーザに聞くしかないのかなぁ‥。


てな訳で、Users GroupのMLで質問してみたら…
『新規記事画面かヘルプを良ぉく見ましょ』というアドバイスが。

で、新規記事画面をゆっくりスクロールさせたら…

くわぁ〜!? あるじゃん。
ハジ、はじ、羞じ、恥‥ X-)

尋ねる前に自分でもう一度精査しろって、それ、いつものおやぢの台詞じゃないか。(^_^;)\(・_・) オイオイ

60℃燗!?

煮酒で呑のkanzaさんこと、kanzakerakuenさんが、清酒竹鶴 雄町純米14BYを60℃燗にされたそうな。

ここしばらく、上記、竹鶴 雄町純米・日置桜 復刻純米<山田錦>・仙亀 原酒を使い回していたけど、さすがにそこまでは上げていない。せいぜい40℃後半。
そこから冷めて、上燗(45℃近辺)〜ぬる燗(40℃近辺)が一番分かり易いと思っていたが、飛び切り燗の上をいくとは… 世には怪人がいるってことか。

ま、11BYの原酒が来たら試してみても良いかも。:-)

燗徳利

kantokkuri1写真は、愛用の『燗徳利』と揃いの『ぐい呑み』。
# ぐい呑みは愛用ではない。たまには使うけど。

首が見えるのが徳利部分。これで300mlはゆうに入るから、飲み屋さんでは「二合」といわれるかと。
ぼてっとした胴体にお湯を入れ、酒を注いだ徳利をつけるだけで絶妙な湯煎が思いのまま。しかも保温もできるという優れもの。

ただ、「お代わり!」となると、熱源がないんだから、当然、新しい湯を張る必要がある。
それを差し引いても燗酒呑みにはありがたいアイテムであることに違いない。
sake-style 一酒庵
  ↑ここで買える。

重陽の節供

別名、菊の節句。

以下、月桂冠【酒の博物誌】より


旧暦9月9日は、9というもっとも大きな奇数の陽の数字が重なることから「重陽の節句」といわれる。
この日、長生きの効果のあるという「菊の花の酒」を飲む宴をはり、長寿を願い、災難を払うおまじないを行う。
この日を境に、翌年の3月3日の「桃の節句」まで、日本酒はお燗にして楽しむのが正式。

酒を燗して飲む風習が始まったのは、相当古い時代からのことと思われる。記録として最も古いのは、万葉集の山上憶良(660−733)の「貧窮問答歌」の一節に「…すべもなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を取りつづしろひ糟湯酒(かすゆざけ) うちすすろいて…」と詠まれている。7世紀には、すでに「酒粕を湯でといて暖をとる」ことが行なわれていたことがわかる。

また、嵯峨天皇が825年10月、交野(かたの)に遊猟された折、「煖酒」がすすめられ、その美味を激賞されたと伝えられている。『延喜式』にも、朝廷の公的行事のたびに用意される酒の種類や量と共に「煖酒料炭一斛(と)」などと酒を燗するための炭の支給まで書かれており、9月9日の重陽の節句から3月3日の上巳(じょうし)の節句までの間、燗酒が一つのしきたりとなったことを示している。これは、当時の公卿(くげ)たちの間で愛唱された唐の詩人・白楽天の「林間に紅葉を焼きて酒を煖む」の詩句の影響もあったのではないかと思われ、酒を土熬鍋(どこうなべ)に入れ直接火にかける直燗(じきかん)だったようだ。

その後、江戸時代ともなると、燗酒の風習は、ちろりや徳利(とくり)あるいは猪口(ちょこ)などの普及と共に庶民の生活の中に定着していった。