灘の酒をだしたら、伏見の酒にも触れておかねばなりますまい。
粗(あら:突出した香味)を微塵も感じさせない、つるつるに磨き上げられた“玉”のような酒。坂口謹一郎先生が仰る「水のごとき、さわりないのどごし」を“淡麗”というならば、「これをして“淡麗”という」に相応しい酒。まさに真の“淡麗”の意味を教えてくれるかのような…。
しばらく遠ざかっているものの、20世紀終盤まではそういう酒を造らせたら、ここの右に出る蔵はないと感じていたものでした。一言でいえば、“大手の実力”ということになるでしょうか。その引き出しの多彩さは、地方蔵が束になってかかっていっても到底敵うはずもなく、地力の差をまざまざと見せつけられるだけという有り様ではなかったかと思うのです。
ここの6つの蔵すべてが金賞を獲った年の酒なんぞ、どれもが身震いするほどすごかったですね。当時から口の悪かったおやぢが言葉を失いましたもの。ホント、出るのは溜め息だけでしたから。
『月桂冠 純米大吟醸“夜長酒” (1998.8詰)』
sakekobo_back.jpg当時、毎年9月から翌7月まで隔月で“四季の酒シリーズ”として発売されていたもの。この翌年が最後の発売年になりました。
先日、或る蔵元に開栓放置1.5年ものをお見せしたら驚嘆されていましたが、未開栓とはいえ同様の貯蔵経過を辿った中の1本です。
さすがに8年近く経過すると熟成香も出てきますが、発売直後の粗さもなく、まだまだピシッと1本、芯の通った味わい。円熟の極みといってもいいでしょう。
開けたてですから、熱燗(50℃近辺)を下回る程度に燗をつけると、強まる熟成香とともに穏やかな吟醸香も。枯れながらも重厚なボディは健在。ウンマい!!
アテは、エビワンタン。出来合いですから、こんなものでしょう。X-)
鰹のヅケ。申し訳程度にほんのちょっぴり残されておりました。orz
冷や奴。再びえごま油とカンホアの塩で。豆腐の濃いうまみにえごま油の滑らかさと塩のうまみが加わり、“夜長酒”のうまさを引き立てます。
これがあったので刻んだ茗荷そのまま生醤油をかけ回して口直しに。
自家製身欠き鰊の酢醤油漬。会津の身欠き鰊漬をアレンジした某居酒屋のパクりをさらにパクって、カチカチに干された身欠き鰊を酢と醤油だけで漬けたものだけど、山椒抜きでありました。それがやっと食べ頃に。山椒を入れたほうがもっと味が締まるかも。
もずく酢。うぅ〜、酒の肴にはちと甘すぎ〜。すかさず胡瓜の辛子漬を…。
“夜長酒”、惜しむらくは四合瓶なのでもう一回でお終い。いつまで放っておくかなぁ。