ぶらり如月 -其之参-
「良い酒ほど冷やで」という誤った習慣がまだまかり通る世の中だが、「真っ当な酒ほど燗で」を日夜実践に励むおやぢに、あろうことかアル添薄酒を冷やで飲ませる会があった。
乾杯に供された純米吟醸で凌ごうとしたものの、それすら冷やに変わりなし。しかも器は安物のワイングラス。これで洒落ているつもりなのだろうか。
せめて燗どうこでもあれば四合瓶のまま燗をつけるのだが、酒に対する志も愛情も感じられないスタッフに望みようもないことだった。
てな訳で、なるべく飲まないことを肝に銘じ、早く終わってくれと祈るばかり。
「お開きとさせていただきます」の声がかかると同時に、最上階からエレベーターで下り、そうそうに逃げ出す。向かうは燗酒の名店「M」。
軟禁先から1,500mほどだったので、地図を思い浮かべながら勇んで歩く。小滝橋の信号を右折。これだけはしっかり頭に叩き込んでおいた目印に到達。やや上りの道。もうすぐだ。
「あった!!」。が、入口に『ごめんなさい、満席です』の札が下がっている。ぐわぁ〜ん。
念のためドアを開けたら、カウンターだけの店内はぎっしり。主がすまなそうな顔を向けて何か云っているが、こちらまで届かず。やっと来られたというのに‥。orz
気を取り直し、歩道の椅子で待とうかと腰をかけたら、「狭いから入りきれなくて、隣の中華屋さんまで‥」「あの、薄いというか不味いというか、何とも云いようのないラーメンが‥」。時々、コメントをくれるTANKさんとの会話を思い出した。
「よく潰れないなぁ」という店のカウンターでTANKさんの言葉どおり「出汁はどこ?麺の喉越しは?」のラーメンをすする。「こんなでも生き残るんだ」と、失礼ながら思わずにいられなかった店を早々に出て、歩道でタバコを燻らせていた。
ほどなく「M」のドアが開き、先に出てきた美女につづき、もう一人の後ろ姿が‥。「やったぁ、これで入れるぞ」。そう思ったと同時に後から出てきた女性が振り向く。「あっ!?」。互いに声をのんだその美女は、F女史ではないか。なんと世間の狭いことか。
短い挨拶を交わし、タクシーを見送り、店内に入る。
「あれ〜っ!?」。またもや声が出る。空いた席の隣にはA女史。某蔵元の会で出会った雪国生まれの美女。
主と女将に挨拶して彼女の隣に座り、冷蔵庫を見ると呼んでいる酒がある。
『悦凱陣』だ。これの燗でスタート。お通しと汁物に合わせ、杯を口に運ぶ。この酒を入れている酒屋さんのポリシーどおりの「生」だが、生老ねもなく、分厚いうまみを伝えてくれる。
薄い酒に削られ、冷えた体に温度が戻ってきた。
A女史と某急成長蔵の話をしていたが、酒が不味くなるからと止めることにした。楽しく飲まなければ、酒に申し訳ないと仕切り直し。女将とA女史の宴会相談、主とおやぢの酒談義、話が交差しするので席を替わり、あらためて腰を据える。
真鱈の白子をアテに、奥播磨と主のすすめで常きげんを。締めに小笹屋竹鶴大和雄町の燗で久しぶりの「M」を堪能した夜だった。
宿に戻ったら、相部屋の主は予告どおり横浜へ逃亡というメモが。他への悪影響を避けて、逃げるのが見え見えのコンビを同室にしたのかも。おかげでツインの部屋を独り占め。
『ここに美酒あり(後)』を読んでいる内に、前夜の寝不足が祟ったのか、爆睡。目が覚めたら‥ 「うぎゃあ!!」。とんでもない時間に‥‥。