東奔西走 -其之八-

「おはようございます」。障子の向こうで静かに呼ぶ声がする。Iさんの声だ。「おやっさんが声をおかけしろと…」。慌てて跳ね起き、「すぐにまいります」と。時計を見たら4時半。ヤバい。目覚ましセットしておいたはずなのに、なぜ?「鳴ってたじゃない」とカミさん。聞こえたのなら起こせよ!!
ホント、気が利く嫁で…。orz
支度もそこそこに寝惚け眼で蔵に入ると、もう当たり前に仕事が始まっている。
「寝坊したおやぢが悪うございました」m(__)m
「こっち、こっち」。杜氏に呼ばれて仕込みタンクの周りに張り巡らされた足場に上がる。「起きられましたか?」「おはようございます。遅くなってすみません」。挨拶もそこそこに醪を覗き込む。
k_moromi.jpg「分かります?これで50日を超えているんですよ」。杜氏の入れる櫂の後から、フツッ、フツッと涌き上がってくる泡がある。「櫂入れした直後はもっと元気が良いんやけどね」「寝坊したおやぢが悪うございました」。再度、心の中で詫びを。
柄杓ですくってもらった醪を舐めると、きれいな乳酸系の香味の後にほんのりとした甘さが。「まだ甘がありますね」「そうでしょ?あんまり酵母が少ないんで心配したけど、元気やわ、こいつら」「もっと(メーターが)切れます?」「まだ涌いてるからねぇ。もうちょっと行くんやろね」。
これが、喰わせ切りながらも味を汚さない、真の生もとか。その真髄にただただ感動!!
これを見てこそ、来た甲斐があるってものだろう。
「朝早うからご苦労さんでした。まだ早いから、もう一回休んでください」。醪を見てすっかり目が覚めたはずなのに、杜氏のお言葉に甘えて、再び白河夜船。


目を覚ました後は、帰り支度をしながら、勝手にあちこち見て回る。
通りを隔てた蔵ではびんが洗われ、Iさんが手で押して運ぼうとしている。ぐるっと敷地を回って裏から入れるのだとか。キャスター付きとはいえ、難儀な仕事だ。
k_soup.jpgそのまま蔵の前に立っていたら、訪ねてこられた地元の酒屋さんが「どうぞ、中へ入いれば良いよ。ウチ、地元の観光協会の役もやっているからなんだけど、ここ、試飲もさせてもらえるはずだし…」云々と世話を焼いてくれる。まさか、ここに泊まって、試飲どころかさんざん飲み倒したとも云えず、ただ苦笑い。
ご母堂が我々だけの朝食を用意してくださる。何から何まで申し訳ない。
この具沢山の味噌汁やお手製の漬け物がうまく、おかわりをしてしまった。
うれしい出会いの後の名残は惜しいが、帰りの時間は待ってくれない。
お世話になったお礼をと、見納めにもなる蔵へ。
k_stuff.jpg蔵では、男衆が総出でびん詰め作業中。
声をかけたら、杜氏と替わってもらったご当主が、わざわざ見送ってくださるという。
カメラマンの腕が拙く、名お燗番Iさんがご当主の陰に隠れてしまった。
ごめんなさい、Iさん。m(__)m
蔵の裏の桜も満開で、駐車場への渡り橋の上で「この前、ここで焼き肉をしながら花見をしたんですよ。誰も落ちなくて良かった」とご当主。
帰り道、時間の関係で吉野までは行けないが、せめて名物をと、歴史が刻まれた街並みをゆっくり見ながら『又兵衛桜』へ回ってみた。
満開を過ぎ、散り際ではあったが、それこそ、桜のもっともきれいな『旬』ではないだろうか。
また訪れる日があることを願いつつ、大和路を後にしたのだった。
matabei.jpg
この巻、完。

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東奔西走 -其之八-” に対して2件のコメントがあります。

  1. あのタンクですね。

  2. Masamune より:

    これが最後まで残ったんじゃない?

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